鉄は人体にとって欠かすことのできないミネラルの代表です。たとえば赤血球が酸素を運べるのは、ヘモグロビンというタンパク質に鉄が存在するからです。生体は肺で酸素をヘモグロビン中の鉄と結合させて全身の組織へ運んでいます。ヘモグロビンが低下した貧血の状態では酸素を十分に運ぶことができません。このため貧血では全身の酸欠状態が生まれることになります。
貧血の有無は健康診断で必ず調べる項目です。しかし貧血についての不思議な医学常識があります。男性と女性で正常値が異なることです。通常の基準値ではヘモグロビン値が、男性で13.5 g/dL 以上、女性で11.2 g/dL 以上あれば正常と診断されます。何か変だと思いませんか? なぜ女性のヘモグロビン値は、男性よりも少なくて良いのでしょうか? 男女で酸素の供給量に差があって良いわけがありません。これは基準値の決め方に誤りがあるために生まれた、おかしな医学常識です。
男女の基準値に違いが生まれた理由は基準値の決め方にあります。これらの基準値は、不特定多数の被験者を数千名集めて血液検査を行い、その結果得られた測定値から割り出されたものだからです。当然のことながら対象には貧血の人も含まれています。閉経前の女性では貧血の方が多いため、女性のヘモグロビンの基準値が下がってしまうわけです。 これが健康を目指す人にとって意味ある基準値と言えるでしょうか。決してそうとは言えません。
健康診断でヘモグロビン値が、基準値である11.2 g/dLを超えていても 13.0 g/dLに届かない女性は、鉄欠乏性貧血を疑うべきです。さらに詳しく知るためには、血液検査項目にあるMCVという項目を調べてください。この数値が90に満たない場合には鉄欠乏を疑います。MCVとは赤血球一つあたりの体積を示す指標です。MCVの表記がない場合には、ヘマトクリット値(%)を赤血球数(万/μL)で割った値を1000倍したものがこれに相当します。たとえばヘマトクリット値が41.0 % で赤血球数が430 (万/μL)の場合、41÷430=0.095、これを1000倍した95がMCVの値です。
以上の検査項目は一番シンプルな検査項目にも含まれていますので、是非とも自分自身の検査データを確認されてください。鉄欠乏があるか否かを知ることは健康管理のはじまりです。とくに閉経前の女性ではこの数値に注意が必要です。次号では鉄の貯蔵量についての重要な検査項目、フェリチンについて述べます。